瀬島龍三 昭和エリートの遺言
『転進 瀬島龍三の「遺言」』(新井喜美夫著 講談社)
昨年逝去した昭和最後の参謀こと故瀬島龍三氏が生前語らなかった昭和史の謎をめぐる本がついに出た。
早く誰か書いてほしいと思っていた待望の1冊だったのでさっそく読む。
これまでの瀬島本を読んだ印象としては、自伝はややご都合主義的かつ感傷的。ジャーナリストによる瀬島論本は、親しくないマスコミからの鋭い質問の核心に本人はまるで答えていないのでやや物足りない。
両極端だった既刊2冊に比べバランスが取れている印象。
非軍人の元財界人で歴史研究家という客観的な視野も持つ著者は、瀬島氏と組んで昭和の行政改革プロジェクトをすすめていたという親密な間柄。瀬島龍三という、賛否両論にまっぷたつに割れる毀誉褒貶の人物の本質とその功罪についてごく近い目線から冷静につづっていた。そして、戦後史の読み物としても面白かった。
戦史とかに詳しくない自分が瀬島氏に関心を持ってきたのは、その影に今は亡き祖父の姿を見出したからのような気もする。
敗戦時、海軍参謀から天皇の傍らで軍事命令や情報伝達をする侍従武官職に異動して大本営にいた祖父は、きっと同世代の瀬島氏とのやりとりもあったのだろう。
歴史的な経緯や戦略の違いもあって、大戦当時も陸海軍は敵対していたらしい。
シベリアに抑留された瀬島氏ら陸軍参謀は、帰国後に政財界に復帰し米国寄りのフィクサーとして日本社会を裏で動かしたという。
対する海軍参謀は戦後に捕虜にならなかった代わりに、戦後は表に出ず隠遁生活を送ったひとが多いらしい。
海軍OBをはじめとする元軍人の人たちの瀬島氏への評価はよくないみたいだけど、個人的には出世欲や名誉欲だけではこれほどたくさんの改革には取り組めなかったんじゃないかと思う。
退きの美学と不屈の美学の違いでしかないような。黙して語らずという点では同じような気も。
この本では、瀬島氏が「黙秘権」を行使して語らなかったそのへんを、ごく近い立場にいた著者が巧みな質問力と深い洞察力で読み取っている。
戦後、軍部と天皇の戦争責任を連合国から追及され続けた昭和のリーダーたちは、歴史の真相を語れる状況になかったのだと。
著者いわく、他人に笑顔をみせることのなかった瀬島氏の本質は液体人間だったのだという。
最高のエリート教育を受けた完全な組織人として、理想の国家像のために冷徹な目的達成ロボットのように生きていくことが昭和のエリートたちの存在意義のすべてか。
とはいえ、瀬島氏は自らの意思を完全に殺すこともできず、ぎりぎりの沸点近くまでは意思決定層への抵抗を試みる情熱も持っていたそうな。
これ以上はまずいと思えば引くという身の処し方を繰り返すうちに、引きどころと押しどころを条件反射で察知し心身が自動停止する習性が身に付いたのではないかと著者は分析する。
ある意味、単に昭和のフィクサーというだけでなく、国家組織の命に忠実なパブロフの犬的側面もあったのだろうか。
最終章では、教育にも強い使命感を抱いた瀬島氏が思い描いた古き良き日本人像が、戦後教育の中で消滅しつつある現状に警笛を鳴らしていた。
瀬島が目指した人づくりの理想こそがその「遺言」なのだそうな。
「人づくりの目標は『立派な人』『立派な日本人』『立派な国際人』をつくること。立派な日本人とは、この国の歴史、伝統、文化をよくわきまえ、常に自分は日本人だと自覚している人。立派な国際人とは、その上に立ち、世界の中の日本という認識を踏まえて、外国と付き合える人」
世界の一等国日本にふさわしい、立派な日本人。。
いつの世も、資源に乏しい日本のリーダー層や知識層が依拠するものは単一民族優秀説。
昭和のエリート層が目指した『立派な日本と日本人』という呪縛が、戦争とバブルと現在の鎖国社会をまねいた側面もあるような気もする。
フラット社会でもある現代は、一部のエリート層や知識層が庶民を啓蒙する時代ではない。客観的にみて、著者はかなりバランス感覚に優れた人のように思えるのになぜだろう。
民族としてではなく、一個人として自分なりの哲学や目的を持ち、自立して生きればいいだけなのになぁと。その結果として、故郷や自国の歴史や文化を自然と学んでいくものなんじゃないのかな?
個の意見や強さを持たないうちから、組織や民族単位で考える必要がどこにあるのだろう。
問題や希望は、民族と国家との関係ではなく個人と社会の関係性によって生まれるものなんじゃないかと思うけど。
立派な民族でなければならぬという理想は自明のもののようでいて、ある種のナショナリズムを生んでしまう危険も大きくはらむ。
戦後63年たった今もなお、なぜその呪縛が消えないのかを考えさせられた1冊。
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コメント
はじめまして。件の本、買おうかどうか迷っていたところ、的確なレビューを拝読し、買うことに決めました。私も瀬島氏には興味をもっており、保阪氏の「参謀の昭和史」も読みましたが、どうも一方的過ぎて鼻白むものがありました。本書は中立的な記述ということで読みでがありそうです。
投稿: 落ち武者@天国 | 2008年8月12日 (火) 22時37分
>落ち武者@天国さん
コメントありがとうございます。
瀬島氏についてはあまりにも本人の証言が少ないので、近しい知人がつづった内容として貴重な一冊かと思いました。
落ち武者@天国さんのブログも拝読しました。
おっしゃるように、遺言なく黙して去ってしまったのがただただ残念です。
投稿: hide | 2008年8月16日 (土) 23時51分