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編集者の魂はどこへいくのか

編集者という病い 編集者という病い

著者:見城 徹
販売元:太田出版
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幻冬舎の社長というか「魂の編集者」見城徹さんが書いた本。

見城さんが、
「人生の総決算」ちゅうある意味おおげさな言葉を使って書いただけあって、
さすがにど迫力の1冊。
壮絶稀有な編集者としての濃い生き様が描かれていた。

同世代の編集者たちが、作品の黒子としてのエージェント的な作業に淡々と徹する編集者であろうとするいま、このひとはある意味、激しくマッチョな大時代がかった古典的編集者の最後の生き残りともいえる。

このひとが出版業界で成し遂げたことについて賛否両論あることも事実。
よい意味では革新的ともいえるけど、
その確信犯的なゲリラ活動で、現場に大変なパニックをもたらしたこともしばしば。

ただ、このひとのような狂気と紙一重の情熱がないと、ルーティンワーク化したこの業界が活性化しないような気もする。
冷めたピザ化しつつある同世代の編集者にはぜひ一読してほしいなと。

ただし、もうこのひとが駆け抜けた時代とは違うし、
同じようなことをやってもただの2番煎じ。

同世代の編集者の愚痴でよく聞くのは、
上の世代の編集者たちがほとんどのジャンルを開拓しきってしまって、
もうやるべき新しいことが残っていないということ。
残されたしごとは作業の合理化やらコスト削減やらの縮小再生産の作業なのだと。

たしかに、この本を読む限り、上の世代のひとたちは長い時間をかけて、そうとう深く濃い穴をたくさんほってしまっているなと。

もう開拓すべきフロンティアはほとんど残っていないなら、限られたパイの奪い合いをしてもしょうがない。

深く掘りさげるタテの突進力ではなく、
いかに多彩なオプション攻撃をヨコ展開するかがいまの編集者に残された唯一の道かなと。

このひとみたいな生き方がなかなかできない以上、まったく異なる方法論が必要なんじゃないかと思わせられた1冊。

そして、電子書籍という新しいツールが古き良き編集者魂をよびおこし、古い世界ではもうできないチャレンジの場として機能することができるかはこれからの課題だなと。

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