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プロ野球版・男の星座 清原和博 「男道」

51h7oycb2nl__sl500_aa240_野球番長こと元プロ野球選手清原和博の
最初で最後の自叙伝「男道」を読了。

むう~。

文句なしに、これまでに読んだスポーツ選手自伝史上最高に面白い。

映画「ラストサムライ」中の台詞から物語は始まる。

「彼がどんな風に死んだのかを教えてくれ」
「いえ。私は彼がどんな風に生きたのかをお話しましょう」


清原というキャラクターが持つ稀有のスケール感に加え、
出版企画者の見城徹氏(幻冬舎社長)一流の濃ゆい味付けが足され、
題名通りの「男道」にふさわしいマッチョな熱血スポ根物語になっていた。
大阪一の天才野球少年の冒険譚という感じ。

しかし、清原は小学生のころからプロフェッショナルな野球人だったんだなぁと。
桑田とのKKコンビで甲子園2回優勝を果たし
「甲子園は清原のためにあるのか―」 とアナウンサーを絶叫させた高校時代。
王貞治を超えうる可能性を持つ唯一のバッターと騒がれ続けた
岸和田出身の天才野球人の半生は数々のドラマに満ちていた。

小学生時代から自分のバットスピードのあまりの速さと遠くにとぶ打球に
まわりが驚きつづけていたこと。
プロになってもファンを驚かせ続けることを自らの使命と感じていたこと。
王貞治は憧れではなく心のライバルだったという本音も淡々とつづられる。
過去の自慢話のようには聞こえないのが清原が怪物たるゆえんか。

西武ライオンズに指名されたときのせりふ
「埼玉県? 埼玉県ってどこや?」
も野球一筋の清原らしくて笑えた。


TVや新聞で報道されていた、プロ入り以降の桑田や巨人軍フロントとの確執。
これまであまり明かされなかった当時の本音が、
湿っぽくなくまっすぐに語られていて、まことに男らしい。
清原節というより長淵節というべきか。


スター不在といわれるプロ野球界で、23年もの長い間主役を張り続けた清原。
その選手生活を野球史に残るドラマに仕立てたのは、
「野球版・男の星座」ともいえる敵役やいぶし銀の助演陣の存在。

近鉄・野茂、阪急・山田、ロッテ・村田兆治など当時のパ・リーグエース陣との迫真の一騎打ち。
尊敬する落合からの「おまえのピークはPL時代で終わってる」というような厳しい指摘。
東尾、仰木といった親分肌の監督たちや西武の堤・読売のナベツネ両オーナーらとの人情味あふれるエピソードの数々。
まるで、ど演歌か古き良きやくざ映画のよう。

そしてラストの引退試合。
複雑な思いを抱き続けた王監督からかけられた有名な言葉
「生まれ変わったら、必ず同じチームでホームラン競争しような」
にもしびれた。

しかしながら、この一遍の野球映画を
この上なくドラマチックなものにしたのは、
生涯のライバルであり無二の球友でありつづけた桑田の存在。

PL学園VS池田高校戦にて
KKコンビがさっそうと甲子園に登場したあの遠い夏を覚えている、
日本中の元野球少年感涙の1冊。

■運命の時 ~昭和60年ドラフト 桑田・清原の進路~

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